2013年4月27日土曜日

「この部屋にお医者さんはいません」ー4月25日

お風呂に入っていない日、4日目。
割とずぶとい方ではあるが、そういう問題ではない。女性としての清潔感が欠けてきた気がする。
 
最近ここではガハイ(豚の)ハウダル(腫物)=耳下腺炎
が大流行している。
小学校ではやっていた風邪が今は中学、高校、大人にまでうつりはじめたようだ。
 
さて、そもそも私はどんな部屋で住んでいるのか。
学校から入って 左に行けば教室。右に進む。
ここにドミトリーがある。

日本の支援も入っていますね。
ドミトリーに住む子どもたちの生活を管理する先生と、お医者さん(保健室の先生?)の部屋。
 
私は保健室に住んでいることになるわけです。
 
 
風邪がはやると当然、保健室に人が殺到しますよね。
お医者さんはさすがに居づらいらしく、なぜか図書室で待機している。
みんな、部屋に入る時にノックする習慣が無い。
するとどうなるか。
 
いつも通りの子どもたちの「先生何してるの~★」攻撃に加えて、
「保健室の先生はどこ?!」という人々で大忙し。しかも、私が日本からきているボランティアと知らない人も多いので、「お前は誰だ?!」からスタートしたりする。
これはやっかい!!そして、授業でかかわりのない中高生や保護者にも存在を知ってもらいたい。
 
ということで、工夫しました。
 
張り紙!
「5月10日まで、ここにはお医者さんはいません。図書室にいます。ごめんね!~ここには今、日本からきた小学校の先生がいます。名前はアヤカです~」
なんと。これが、大うけ!
「何ていい案なの!アヤカは何て才能がある子なのかしら」。とたくさんの人がほめてくれた。
ドアの外では、色々な人が声に出して読んでいる。(正直、これも気になるといえば気になるが。)
こんなにほめてもらえるなら、もっとこって書けばよかったなあ。
 
さて、今日は私の部屋に来る可愛い可愛い寮の子どもたちの写真を。
毎日毎晩、こんな感じ。
食堂での様子。いつもみんなでごはん。



中学生たちと。「先生、一緒に写真撮ろ!」ドアに貼ってあるのは、小学1年生からのプレゼントです^^

何かと理由をつけては遊びに来る、小学生たち。最近ノックをしてから入ることができるようになりましたw


気づいたらベットや椅子でくつろいでいる中高生。けん玉に夢中!
時々一人になりたくなるけれど、今任地で一人でいると、ちょっとさみしい。共に過ごすって大事だし、素敵なことなんだなあ。

三百六十五歩のマーチ

ワン・ツー ワン・ツー
 ワン・ツー ワン・ツー
 
しあわせは 歩いてこない
 だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩
 三歩進んで 二歩さがる
人生は ワン・ツー・パンチ
汗かき べそかき 歩こうよ
 あなたのつけた 足あとにゃ
 きれいな花が 咲くでしょう
腕を振って 足をあげて
 ワン・ツー ワン・ツー
休まないで 歩け ソレ
 ワン・ツー ワン・ツー
 ワン・ツー ワン・ツー
~三百六十五歩のマーチ 水前寺清子  作詞:星野哲郎  作曲:米山正夫~
 
 
この曲が大ヒットしたのは、水前寺清子さんの明るさや歌唱力だけではなく 
歌詞が多くの人から共感を得たからだろう。
大ヒットしたのが1968年。私が生まれる17年前。
それなのに 1番の歌詞を空で言える。昔「懐かしの歌」として聞いた記憶があるが、子どもながらに共感できるものがあったのだろうか。
「人生」という重いテーマの曲なのに、底抜けに明るい曲調なところがいい。
28歳になった今、私の中にするりと入り胸に染み入ってくる。
 
 
喋れるようになったと思ったら、全然わからない。
授業への思いや大切にしてほしいこと。伝わっていたと思ったら やっぱりそう簡単ではなかった。
見えかけた希望の光が、雲にかくれてしまう。
何十年も前・・・いや、そういう感情を描いた詩や小説はもっとずっと昔から山のようにある。
少し話がそれるが、 私が教員5年目の時に 2か月間土日なし、寝る時間も無いような日々に見つけて私の支えとなった言葉がある。
 
「教育の根は苦い。しかしそこになる 果実は甘い ~アリストテレス~」
 
なかなか壁を抜けられない辛い現状を重く考えすぎるよりも、昔むかしの偉人と自分が、同じことをおもっているなんて、ちょっとドラマティックだな。私もなかなかいい視点してるんじゃない?など考えてにやり、とするのが一番いい気がする。
 
そうだ、幸せは歩いてこないのだ。だからこそ、歩みを止めたらいけない。
立ち止って軌道修正。ちょっと休憩、花を眺める。振り返ってあまりに蛇行している自分の歩みをみて吹き出すのもいい。
でもこの道は私の道だ。大切にしてあげよう。
汗かきべそかき歩こう!!

お帰り! 4月22日

今日、チョイルからミクロバスで再び3番学校に来た。
3000tg(約270円)で、道なき道を走ること約一時間。
 
道中に草原をぼーっと見つめていると、やけにゴミが多い。
あれ?と思ってみてみると、どうやらゴミ捨て場があるようだ。
このゴミ捨て場、3mほどの穴を掘ったところに、ただただごみを集めているだけのようだ。ビンも、カンも、ビニール袋も、紙も、すべて同じところにある。
上から土もかぶせていないものだから、風で草原に飛んで行ってしまっているようだ。
 
私が愛するゴビスンベル県だが、唯一絶対に好きになれないもの。
そうです、ゴミなのです。今まで隊員のいる県に遊びに行ったこともあるが、正直なところダントツで汚いと思う。

きっと、昔の遊牧民生活をしていれば、今のような捨て方をしても何ら問題が無かったのであろう。動物の骨や野菜の皮は、他の動物に食べつくされた後にいつか大地に返って豊かにするものだから。
 
わが県は、シベリア鉄道が止まる小さな駅と地下資源があるけれども、首都からもそれなりに離れているし、外国の方がわざわざ観光しに来るようなものは一つも無い。
 
だから人目も気にしていないし、ゴミがある風景に慣れてしまっているのかもしれない。
 
モンゴルの素晴らしい地平線、美しい草原を見るたびに、いつも悲しい気持ちになる。
そのうち、子どもを巻きこんでゴミ拾いをしようかな。
 
今日はものすごい荷物を持って来た。
バックパックの中身は、首都で調達した共同絵の具、全員分の筆、お弁当箱(パレット替わり)、教科書、折り紙の本、けん玉 などなど。
 
寮暮らしは今のところとても気に入っているが、荷物の持ち運びだけはちょっとやっかいだ。
 
あと、今回持ってきたもの。私の大好きな「一眼レフ」!!
景色も人も、たくさん撮りたい。
私の右にいるのが寮母さん、左が毎日のごはんを作ってくれる方。
そして子どもたち。

2013年4月21日日曜日

こどもたちと共に

寮生活は、朝7時の朝食から始まる。全員揃っての朝食。寮母さんが作ってくれたパンケーキのようなものだった。
写真を撮ろうとすると、すっと消えた子どもが2人。16歳の女の子と17歳の男の子だ。照れてよけられてしまった。
静かな朝食。まだみんな眠いのかな?
 
各学年2クラス、計10クラスの3番学校。あと3クラスで全クラスの授業見学が終わるのだが、だんだん町や学校を歩いていて声をかけられることが増えてきた。
 
ドミトリーでのくらし、チョイルよりも小さい村なので、1か月もすればまちには知り合いだらけになるだろう。
驚いたのは、ここにも私の出たテレビ番組を見た人たちが本当にたくさんいることだ。
番組を見てもらえているだけで、認知度も変わるし活動を理解してくれている人も多い。
活動が充実していて楽しい反面、プライベートの時間が全く無いことは、少しずつ疲れがたまることなのかもしれない。
 
 
4時に自分の部屋に帰ってくると、間もなくドアをノックする音。「入って~」というと、17歳のオルゲルボルト。昨日熱心に日本語を学んでいたドミトリーリーダーだ。
「見て!」といって出してきたのは、日本語の教科書。
「すごい!どうしたの?!」
「友達に借りてきたんだ!これで今日夜、日本語をまた教えてくれる?」
 
 
今日は洗面器と洗剤を買ってきて、共同トイレで洗濯をした。手はがさがさだが、なんてことはない。ここにいる子どもたちも、土日に同じように洗濯をしているそうだ。
郷に入れば郷に従え。
 
・・・と偉そうに言ってみたものの、私はたらいにお湯を張って部屋で浴びるのはやめなさいと忠告されてしまった。私の部屋は外から丸見えだからだそうな。ということで、週に一回は、副校長先生(といってもまだ30歳のきれいなママ。)の家でシャワーを浴びさせてもらえることになった。やった!!!
シュエーゴビは毎日お湯が出ると聞いてびっくり!
物は少ないが、なぜか紅茶やパンもチョイルよりも品ぞろえが豊富で、なかなか美味しそうなものも。
 
6時半から夕飯、8時から9時まで日本語遊び(今日はひらがなの仕組みと簡単なあいさつ。)
9時から10時ちかくまで体育館でバレーにかけっこ、チョノとトーライ(オオカミとウサギ。いわゆる鬼ごっこです。)!!!

 
あ、足が・・・
 
そして今からお仕事。
今まで家事をしていたり、サラエグチの家に行ったり、ネットを見ていたりしたことが、今は全部子どもたちとの時間。
仕事柄、中学生から高校生の世代の子達とまともに話したことがほとんどなかったのでちょっと緊張していたが、むしろ話をくみ取ってくれるので話しやすい。
 
初めからこんなに飛ばしていて持つかしら、何て心配するよりも、子どもたちとやーーーっとそれなりに意志疎通できるようになったことを楽しもう。
やっと、スタート地点に立った。これからが教師としての勝負だ。

寮生活

ゴビスンベル県には、5つの小学校がある。
 
1,2,5番学校はチョイルに、あとの二つはそれぞれ少し離れた村にある。
今週からそのうちの一つ、シュエーゴビで活動し始めた。
 

村の中心部に背を向けると、ただただ大地が広がっている。夏は一面の草原。
私の住んでいる町からは離れているので、私は学校に併設されたドミトリー(寮)で子どもたちと一緒に住むことになった。
保健室に無理やりベットを入れてくれた。あとはそのまま。トイレは共同、お風呂や洗濯機は当然無い。
 
ここには3番学校に通う生徒、1年生から高校生まで、15人程度が相部屋で暮らしている。彼らはさらに遠く離れた田舎に家がある子供たち。遊牧民の子どもも少なくない。
彼らが家族に会うのは夏休みやツァガーンサル(旧正月)などの大きな休みの時だけだ。
私もこれから一か月、この子たちと寝食を共にしながら活動をすることになる。
 
食堂。カウンターから自分でごはんを取る。
今日の夜、初めて子どもたちと一緒に食事をした。
みんな私に興味津々。
じーっと見つめたり、こそこそ何かを話してみたり。
「どうしたの?」と笑顔で見つめ返すと、照れてはにかむ。
「小学生は何人いるの?」と聞くと、「ほら、小学生は手を挙げて!」と男の子が仕切ってくれる。
コップを洗いに食堂に行くと、子どもたちが洗物をしていた。
「先生、この二人はね、ラブラブなんだよ!」「違うよ~!先生、冗談言ってるだけだよ!」といいつつも楽しそう。
それぞれ自分の仕事がある。食器洗い、食事の準備、ごみ捨て、掃除。
ハリョーナはいつも働き者で、いつも穏やか。みんなのお姉さんだ。
 
ドアをノックして(時々ノックもしないで)子どもたちが訪ねてくる。
「何してるの?」「日本語教えて!」「遊ぼう!」「ごはんだよ!」
 
今日は1年生の子からのお願いで、夕食後に日本語を教えることに。
着替えてから部屋に向かう。
寮では、授業はしたくないなと思っているので「何を知りたいの?」と聞くと
「名前をどう書くか知りたい!」とのこと。
 
あれよあれよという間に全員集合!
「弟の名前も!」「お母さんの名前も!」「お父さんの名前も!」名前屋台は大人気で大忙し。
私も私で調子に乗って空手なんか教えてしまったもんだから、即興空手大会が開催されてしまったことには参った。
「危ないから勝手にやっちゃダメだって言ったでしょ~!」とヘッドロックしても楽しそう。
ここにいる子供たちは、静かで、騒がしくて、可愛くて、人見知りで、人懐っこい。

「なぐる、ってなんていうの?」と聞いた3年生の女の子を叱り、私に「先生、悪い言葉は教えなくていいよ」と言ったのは17歳のオルゲルボルト。ここのドミトリーリーダーだ。
彼はとても勉強熱心だ。
1~10、20までの数の数え方を知ると、99までの数え方を理解してしまった。
挨拶も一通り覚えた。
 
夜に中学生がこっそり部屋に来た。「私はあなたが好きです」を知りたかったらしい。
 
今も、廊下から日本語を練習する声が聞こえる。
騒ぎ声が聞こえる。
顔を洗いにいくと、「私も~!」といって一緒にトイレについてくる子がいる。
すっぴんのまま遊ぶ。
はしゃぎすぎて寮母さんに叱られる。
こうやって家族みたいになっていくもんなんだろうな、と思った。
 
夜の10時近く、一人の女の子が部屋にきた。たわいない話をしながらも、とつとつと自分の事を話してくれる。普段は負けん気の強い、つん、とした今どきの女の子だが、まだまだ15歳。複雑な思いもあるのだろう。
 
疲れていないと言ったらウソになるが、このワクワクは私の本当の気持ち。
きっとすてきな一カ月になる。

シュエーゴビ村の夕焼け



 

2013年4月4日木曜日

恐怖の断水

実は先日、大きな事件が。
 
明け方4時に、夢から突然覚める。起きてみると、ものすごい勢いでドアがたたかれてる。
そして、なぜか水の音。。。。
嫌な予感。
 
寝室から出てみると、台所からお風呂まで、足首くらいまでもう水浸し!!!
ぎゃああ~~~~~~~~~~!!!
 
昨日は断続的に断水だったから貯めていた水でしのいでいたんだけれど、夜にどうやら水が来たらしい。
そうしたら、どうも水道が少しひねられていたらしく・・・いや、絶対閉めてたんだけどなあ。
しかも、台所の水回りが最近調子が悪くて 常に水が漏れる状態。そこからすべての水があふれ、海になっていた。
 
ドアを開けると下の階の人。「俺の家に水が漏れてきて気づいたんだよ!どうした!!」
 
初めましてより先に、二人で黙々と水くみ。作業、約2時間。
・・・足が冷え切ってしびれている。そして砂でどろどろ。
そして朝から夕方まで4コマの授業。
つ、つかれた・・・!
 
今、この町にいる日本人は私一人。
そんな時も、さすがに先生たちやサラエグチを朝っぱらからたたき起こすわけにもいかず・・・
気軽に頼れる人がいない。こういう時に、しみじみと一人の寂しさを感じるものです。
 
 
最近毎日のようにサラエグチ宅でごはんを食べています。
一人になったおかげ?で、モンゴルの先生や子どもたちとよく遊んだり、話したりするようになりました。一日中、モンゴル語漬け。
水漏れの相談をすると、 「そういうときは夜でも起こしなさいね」と優しい言葉をもらって、なんだかほっ。
人の優しさにふれると、心がおだやかになるものですね。
明日で大きな絵も完成!がんばるぞ!
 

2013年4月2日火曜日

みんなともだち!~私の2番学校~①

図工や算数の授業がひと段落。
「全員で大きな絵が描きたい!」と副校長先生。
 
せっかくだから、ということで、きちんと目標を立て、指導案を書いて、全クラスを回って授業をしていくことにしました。
 
大きな絵も、「アヤカが描いて!」と言われていましたが、
最高学年である5年生から、各クラスの代表を出して書かせてほしいとお願いしました。
 
モンゴルでは、伝統的な歌や踊り、学期の演奏などなどの指導がさかんです。
習っている子達は、年に何回もクラスの代表として舞台に立つ。
でも、それはごく一部で 幼稚園のころから高校生まで、いつも同じメンバーが素敵な民族衣装を着て舞台を飾ることになります。
 
確かに、舞台に立って踊ったり歌ったり、というのは得意な子どもたちしか出来ないかもしれません。またこの華やかな習慣は、すぐに変わるものではないと思います。
 
でも私は「全員に前に立つ機会を。」「全員にチャレンジの経験を。」が目標。
 
その第一弾として、「今まで代表をしたことが無い子と絵を描きたい。」と申し出ました。
各クラス4名と、4名に入れなかったけれど手伝いたい子達が放課後に学校に集まりました。
 
私が学校を描いてしまうのは簡単だけど、子どもたちに「これは私がやったんだよ!」って自信を持たせてあげたい。
またこれを機に、先生たちに「みんなにチャレンジの経験を」するよさに気づいてもらいたいという秘密の目標もありました。
 
その思いで、技術的な指導はしつつも、彼らの思いを尊重しながら仕上げていきました。
みんな真剣そのもの!!いい笑顔でしょ??
 
 
 
出来た絵がこちら!!!
本当は無い草花や木も、「あったらいいな」「描きたいな」というので自由に描いてもらいました。
出来上がりには私もびっくり。でも描いた本人たちが一番びっくり!

今日、さっそく壁に飾ってくれました。
中学生や、他の学年の子どもたちも、「うわ~~!すごい!アヤカ先生が描いたの?!」と興味津々。全部5年生が描いたんだよ、というとびっくりしていました。

この絵の上に、それぞれ自分を描いて 貼っていきます。
今日は5年生3クラスと4年生で授業。これから全クラスを回っていきます。
完成が楽しみ!!

2013年4月1日月曜日

羊とヤギ

今日もいつものように、私の家の真上に住んでいるサラさんの家にごはんを食べにいきました。
「あ、アヤカが来た!待ってたのよ、じゃあこれを食べよう。」

といって調理してくれたもの。

羊とヤギの 頭。
きゃーーーーーーーーーーーーー!!!

首都の大きなスーパーや市場に行くと、ミイラの様な羊や山羊の頭(もちろん歯も目もついています)が売っていますが、食べたのは初めて。

頭を二つ、蒸し器に入れて火をかけます。
20分後、完成。

・・・そうです、蒸すだけなのです。

かなりの衝撃映像なので、画像やしょうさいは自粛(じしゅく)しますが・・・。

さすがにためらう私と、その様子をみて笑うみんな。
でもおいしかった!
皮の部分は匂いも強くちょっと抵抗がありましたが、タンや頭のお肉はとっても美味でした。

モンゴルの方々にとって、ごちそうなのも納得。
また、町の至る所に 動物の頭の骨が落ちているのにも納得。

「気持ち悪い!」と思う人もいるかもしれませんが、ここにいると、「命をいただいてる」ということをいつも強く感じます。
モンゴルでは家畜を裁く時も、血が一滴も流れない方法をとります。
肉だけではなくて血や内臓、頭、しっぽ、そして毛皮。命に感謝しすべてのものを大事に活用する姿は、学ぶべきなのかもしれません。

・・・といっても、やっぱりびっくりしたなあ もう。
モンゴルにお越しの際は、是非チャレンジを!!