2013年5月11日土曜日

作品展を開催します@シュエーゴビ村三番学校 5月7日

図工の授業がすべて終了!!今日から、全学年の作品をたくさんの人が見られる場所に貼り、作品展を開催しています。
来られる方は、是非!!!
 
・・・といっても来られる方はとっても少ないと思うので、ここに紹介したいと思います。
「3番学校 小学生の夢の作品展」
 
1年生
「一つの形から・・・へ~んしん!」
 一つの形から、何が作れるかな??じぶんでおった かたちをいかして、いろいろなものに
へ~んしん!!

 
 






 ⇒さんかくのかたちから、やまと きを つくったよ。
←おうちのやねとき、ぼうしとおようふくをつくったよ。



2年生
「夢の村”三番学校”」
この世界の中に、「三番学校」っていう村があるんだって。そこの村には一体何があると思う?
いらない素材を活用して、素敵な村を作ったよ!
 

僕の大好きなぞうもいるよ。箱をいくつも
組み合わせて作ったよ。
余談ですが、モンゴルの図工は基本的には一時間で行われています。しかし、指導要領をきちんとみれば、目的を合わせて一つの単元をじっくりすることも可能です。今回はチャレンジとして2時間続き×2 の 計4時間の単元にしてみました。 単元目標としてはちゃんと4時間分のものをおさえてのチャレンジ。先生方も手ごたえを感じてくれたようで、新しい可能性を感じました。



前の時間に足りなかった材料を、家から探して持ってきたよ!
グループのみんなで、どんな絵を描くか話し合い。
「私の宝物の石がたくさんある場所には、山があるよ。」



合作の絵の上に、作品を並べていきます。



最後に班ごとに発表会。夢の村ができたね!



 
3年生
「こんな木あったらいいな」
私の学校に、どんな木があったらすてきかな?
木の ねっこ、みき、枝をよ~くみて、絵の具を使って ゆめの木を描いたよ!

(先輩隊員・西村優美さんの指導案、日本で教えた授業からアイディアをもらい作りました)






春になり、今か今かと待ちわびているふっくらとした芽。根っこや幹、枝の形や生え方、
色をよく見ただけでなく自分の手でさわり、感触を確かめました。

自分でたくさんの色を作って、色とりどりの夢の木を描いたよ!
 

木はざらざらしていていろんな色があったよ。
大きい木と小さい木を親子みたいに描いたよ。
 
4年生
「私の乗り物で 
       さあ行こう!!」
みなさんはどこか行ってみたい場所はありますか?そこには何で行きますか?
ボール紙や色々な素材を活用して、どこにでも行ける乗り物を作りました。
さあ、行こう!
 



宇宙へ行こう!惑星のぼこぼこは
ボタンで作ったよ。

 
僕は海にも入れちゃう車で日本へ。
海の中ではお散歩もできるよ。

憧れの海へ。海にはヘビもいるよ。   僕は憧れのアメリカへ。アメリカの
夕暮れの時間に行きたいな。        国旗模様のヘリコプターだよ。

 
          
僕の乗り物は、ほうき!大自然の中を旅するよ。


 



 
5年生
「ありがとう、3番学校~感謝を込めて花束を~」
 ~私たちは6月に小学校を卒業します。~
もし小学校が無かったら、勉強も出来なかったし、先生や友達にも出会えなかったね。
3番学校、ありがとう!花束を作って学校にプレゼントしたよ!
 
 
この形、自分で考えたんだよ!いいでしょ?

二つ重ねて、真ん中には色を塗ってみたよ。




 

授業を教える際に作った単元名と、何を考えて何で作ったのか、一言説明を掲示しました。こうやって飾ればより興味もわくし、鑑賞の時の視点となります。
 
うれしいのは、中高生も足を止めて作品を見てくれること。「これはいいね」何て言う言い方をしちゃう子もいますが、「う~んみんなよくかけてるね!この色いいね!」って鑑賞してくれている子も。
改善策として、さっき「作品展の決まり」を貼ってきました。




★触っちゃだめだよ!






★失敗、間違い、だめ、一番いい作品 は無いよ。
それぞれのいい点を見つけながら見よう!

 



 
鑑賞の基本。伝えれば学んでくれるはず。
 「貼る前に床に並べてみて、バランスを見る。」
「近い色やテーマのものは、なるべく遠くに貼る。」
「子どもの目線でよく見える範囲に貼る。」
絵の掲示の仕方も、先生に伝えました。











「スペースが無いから教室の前でいいわよ。」「もう貼ったわ。」という声も多々ありましたが、ねばって交渉、中央のスペースにみんな貼り直しました。

子どもの作品を見るお家の方、弟や妹の作品を眺める中高生、展示されている自分の作品を誇らしげに紹介する小学生たち。

その様子をみて、「こうやって展示することの大切さがわかった」と先生方。
予想以上に実り多き作品展となりました。

人の役に立つということ~5月病再び?~5月6日(月)

「私の存在意義が感じられない。」
何の時だったか忘れてしまったが、そんなことを言って高校生の頃に同じ学年の子に”キレられた”ことがある。
「はあ?何いってんの?!そんなことわかんないよ!」
そりゃそうだ。正しい反応である。

でも私はいつも真剣に悩んでいた。必要とされてない場所にいることがただただ怖かった。多分、面倒くさい子どもだっただろうなと思う。親も友達も、よく見捨てずにいてくれたものだ。
今はそれなりに色々な経験を積んで、視野も広がった。でも、根本は変わっていない。突然壁にぶつかっては悩み、途方に暮れる。

 こういう時、日本語の本や歌にヒントをもらったり、ガス抜きをしてもらったりすることが多い。
前も紹介したが、二本松での訓練中にテーマソングとして仲間の一人が紹介してくれた、
かりゆし58の「おわりはじまり」。

今日一日が終わる やりのこしたことはないかい 
 親友と語りあったかい 燃えるような恋をしたかい 
 一生忘れないような出来事と出会えたかい 
 かけがいのない時間を胸に刻み込んだかい

 またすぐ明日にかわる 忘れてしまっていないかい 
 残された日々の短さ 過ぎ行く時のはやさを 
 一生なんで一瞬さ 命を燃やしているかい 
 かけがいのない時間を胸に刻み込んだかい 
 
 
 

葉田甲太さんの「それでも運命にイエスという」。
葉田さんが書いた「ぼくたちは世界を変えることができない」は、医大生がひょんなきっかけからカンボジアに小学校を建てようと動き出した実話。映画化され、向井理さんが主演をして話題になった。彼は等身大のボランティアとしての思いや体験、活動を素直につづっている。文章全体から「飾りすぎてはいないか、背伸びしていないか、本当に本音を書けているか」という自問自答が聞こえてきそうな本だった。

しかし本当に、国際ボランティアってなんなんだろう。長年あこがれて今「国際ボランティア」とやらをしている自分さえもよく分からなくなってしまった。
 
今日は算数の授業だった。自分としては、これ以上は考えられない!というくらい考えて教具を作ったし、最善を尽くしたつもり。
授業後の打ち合わせ時に言う事もまとめ、考えておいた。
今、算数で重点的に伝えていることが3つ。
①本時のめあてを明確にすること
②暗記と演習ではなく、考える授業をするための授業構成の工夫
③事前の準備の仕方、教具を作った意図(あくまでめあて達成のため)
 
手応えは先生の反応で大体わかるものだ。
イマイチ。この一言に尽きる。
話し合いも細かいところに論点がいってしまって、なかなか本質にもっていけなかった。
1c㎥を自分たちで作らせたのだが、「先生が作ったのを配ったらどう?」
そんなこと、日常の授業でやらないだろう。「知っている」「やろうと思えばできる」じゃなくて、やってほしい。私は年に1,2回する特別な授業を教えに来ているわけじゃないということが、頑張れば頑張るほど伝わらない。

子どもたちが可愛くて 時々本気で頭に来て 
先生たちや村人たちが大好きで 時々溜息をついて
授業が楽しくて楽しくて、 そしてものすごく苦しい。

物事を片面から見ていれば楽なのに。心がきゅうっとする。
「私は、誰かの役に立てているのだろうか。」
答えは出ない。自分を信じるしかないのかもしれない。

葉田さんの本に載っていた、マザーテレサの言葉。
「あなたの中の最良ものを」
人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい
あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい
目的を達しようとするとき、邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、し続けなさい
善い行いをしても、おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい
あなたの正直さと誠実さとが、あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく正直で、誠実であり続けなさい
あなたが作り上げたものが、壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい
助けた相手から恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい
あなたの中の最良のものを、世に与えなさい
蹴り返されるかもしれません
でも気にすることなく 最良のものを与え続けなさい

出典『マザー・テレサ 愛の花束』(中井俊巳著/PHP文庫)
 
・・・出来ないだろうなあ。でも 目指していきたいなあ。

弾丸ウランバートル 5月5日

弾丸過ぎて、一週間分のブログがアップできなかった・・・><
せっかくなので弾丸具合の詳細を記録に残しておきたいと思います。
 
5月4日(金)
23:50 寮をでる。
24:00 列車の駅まで行く乗合のミクロバス出発
24:10 駅に到着。待つ。
 
5月5日(土)
01:30 列車到着。
08:00 ウランバートル(首都到着)
列車に乗っているのは6時間半だが、なんだかんだ9時間近く移動に費やすことになる。
金曜日は、寮のリーダー、オルゲルボルトは友達と楽しそうに騒いでいたので、一人でひっそりと席を探す。
 
しかし、席が無い。どうしてこんなに混んでいるのだろう・・・。
ハトー(一番安い席)内と言えども、ちゃんと列車のチケットを持っている人と、突然列車に乗り込む人では上下関係がある。
やっと見つけた席でうとうとしていたら、「ここは俺らの席だ!どけどけ!!」という学生を連れた先生?軍隊??の人に追い出されてしまった。
やれやれ、また席探しだ。
人が寝ている足元に潜り込み、体育座りで2時間仮眠。朝起きたときの「これ誰だ?!」の冷たい目線には狸寝入りで対応。でも、この260kmの道のりを高い部屋だと1000円以上かかるのに、350円で行けちゃう。
 
08:10 到着
08:30 帰りの分の列車のチケットを買って(無いと言われたが粘ったらあった!)
      セミナーに直行。
09:00 セミナー開始。
13:00 セミナ‐終了。
ごはんを食べてから首都のジャイカの寮に行き、シャワーを浴びる。たまったメールのチェックと、仕事系のメールの返信。
 
18:00 同期のお誕生日会!
22:00 寮に戻り、開催イベントの企画書を作る。月曜日の算数の授業の準備。
 
5月5日(日)
06:00 就寝。
09:00 起床。
10:00 教育について会議
13:00 話し合い終了、みんなでおひるごはん。
14:30 寮に戻り、お風呂に入る。
15:40 支度をして列車の駅に出発
16:10 駅に到着。
22:30 シュエーゴビ駅
22:50 シュエーゴビ村到着。授業の準備。
5月6日(月)
04:00 就寝。
 
 
帰りの列車の指定席は二段ベットの二階。普段は折りたたまれているので、しばらく椅子に座ってうたたねしていたら、「あんた、ベットで寝たほうがいいわよ!」とおばちゃんが声をかけ、ベットを下してくれた。お陰様でベットで6時間熟睡!!
ただ、ちょっといい席だったからかシュエーのホームからめちゃめちゃ遠く・・・真っ暗な砂漠の坂道を小走りでなんと5分!!着いたころにはミクロバスが行ってしまった!
ここでまた一苦労ありましたが省略。算数の授業の教具やら指導案の最終チェックをしていたら、明け方になってしまった。


 

⇒算数の教具。立方体の体積の学習で、一立方センチメートルをもとに、公式を導くための教具。


ハードスケジュールだったものの、セミナーも話し合いも実のあるものになったし、何より首都でたくさんの友達に会ったことが何よりの癒しだった。
仲間って偉大です。

さあ、明日の授業。うまく子どもの考えを引き出せるかな?
 

五月病??   5月3日(金)

日本では、ゴールデンウイーク真っ最中。しかし、通信手段が何もない中ではそんなことは微塵も感じない。カレンダーだけがそれを伝えている。

今日は よくわからなくなった日だった。
教科書。指導内容が難しかったり、同じものを作るような内容が多い。
指導要領を見たうえでの吟味がとても大切だ。
毎日子どもと遊んで、モンゴル料理とモンゴル語と活動漬けの日々が楽しくてしょうがなかったのに、なんだか突然ものすごく嫌になってしまった。

今日は5年生で行った図工の授業を他のクラスの先生がしてくれた。
「紙を材料とした半立体の制作物の作り方を学ぶ」という授業。その制作法はとても難しい。テーマを選んでから2週間、何度も試作品を作り、考えに考えた結果に考え出した
「ありがとう、3番学校~感謝をこめて、花束を~」という授業。


このような指導案をもとに、授業前に話し合いをする。
左は4年生、右は5年生での内容。


12年生に移行していくモンゴルだが、初めてできる12年生の6年生は中学校に入るようだ。この子たちはもうすぐ、卒業だ。卒業といっても、村に学校は一つしかないので、当然また同じ学校に当分通うことになる。でもこの子たちに授業ができるのは、これが最後だ。
図工や私の要請からは少し離れているかもしれないけれど、私はこの子たちに学校への感謝と、卒業への思いをもってほしかった。

導入で、「もし村に学校が無かったら?」を全員で考えた。「勉強ができなかった」「先生に会えなかった」「友達に出会えなかった」。そうだ、学校があるってすごいことなんだ。
昨日自分がやった授業では、混乱もあったけれど、私が考え付くアイディアをはるかに超えた、素晴らしい花束を全員が作った。子どもたちが真剣に作品作りに取り組んでいた。「こんないいもの作っちゃった!」っていう自信で目が輝いていた。ぞくぞくした。先生の計らいで、時間の余裕があった子たちは 私にも「ありがとうの花束」を作ってくれた。




今日もいい授業だった。先生が自分で指導案を書き直してきて、指導事項や昨日私が一生けんめい伝えたことをくみ取って、糧にして授業をしてくれた。
授業が終わった後、先生は「本当にいい作品がいっぱいできた。私もすごく楽しかった」と笑顔で言った。子どもの笑顔も作品もよかった。
ただ、机間指導をしながら話しかけたことを「何言ってるのかわかんない。」と笑われたことと、私のモンゴル語の真似をして笑われたこと が小さな小さなとげとして心に刺さった。子どもたちは悪くない、教えるべきことだ。でも何も言えなかった。

図工が好きな男の子はまだ使える紙を「失敗した」といってすぐくしゃくしゃにすてた。私は「本当に要らないの?」と確認したあと、きれいな花を作った。それを見た子が捨てられた紙をひろって、きれいな花をたくさん作り上げた。

クラスのリーダーで勉強もよくできる男の子は、友達の作品を見て「おまえ、遅いな。ダメな作品。」といって笑った。本当にものがよく分かる子だけに許せなかった。もちろん叱ったが、鑑賞の時間に他にも言っている子がいた。私は先生に許可をとり、とっさに全体指導した。
「悪い作品だなんて、一体だれが決められるの?」
正しい判断だったのかはわからない。正直、体が動いてしまった。
後から改めて考えた。
指導の目当てに即した図工の評価はあるけれど、そもそもどの芸術作品が一番すぐれているかなんで 絶対に誰にも決められない。全員が一生けんめい作った作品はそれぞれ輝くべきなのだ。それは一人ひとりの人間の違いを認めよさを知ることとよく似ている。図工は心の教育でもあると思う。

 そういえば、昨日の夜も寮の子を叱ったんだった。夜10:30消灯なのに、11時に廊下でバスケをしだしたからだ。バスケットボールを思い切りつくと、結構うるさい。でも下の子は誰も文句を言えない。
しばらく様子をみてから、廊下に出て座り、じっとその様子をみた。私をみて「あれ?ど~したの、先生!」笑顔で言われたが 「今は何時?小さい子達は今どうしている?私は叱るのは嫌いだから 自分で何をしたらいいのか考えなさい。分かった?」とピクリとも笑わずに言って部屋に戻った。その日は、それ以降話し声がしなかった。

今日の算数の話し合いでは、書いた指導案の難しい単語(直方体のロシア語)が全く読めず、「アヤカ、図工でも〇〇って単語、一回しか言えなかったでしょ」と笑われた。
悪気は無いのは十分わかっていたのに、昨日深夜までと今日も空き時間に必死で教材研究と準備をした私は正直カッときてしまい、モンゴルの教科書や算数の指導の改善点があることを率直に伝えてしまった。

打ち合わせ後質問があるか聞くと、「とりあえずアヤカがやりたいようにやったらいい。そのあとの話し合いで改善しよう」と言われ、すぐ別の話にうつってしまった。体からすうっと力が抜けていったようだ。
「私がやりたいように(授業を)やる」ことの意味ってなんだろう。

色々な思いが交錯する。私の行動や発言の一つ一つ、本当に誰かの役に立てているのか。
誰かを傷つけてはいないか。自己満足じゃないか。

今日は、寮のリーダー、オルゲルボルトと二人で(たまたま一緒になった)首都にあがり、土曜日はセミナー、日曜日に教科書改善の話し合いをして、日曜日の列車でそのままこっちに戻ってくる。
ここでも活動も、あと一週間。
この5月病、振り切ろう。さあ、あとひと踏ん張り。12時にここを出る前に、算数の指導案と教具を仕上げよう。

今日は楽しい・・・5月1日

お風呂の日!!
今日はシャワーを浴びさせてもらいにいった。
オドノー先生とごはんを食べながら、日本の写真を見た。
教育について・家族について・今までのことについて・・・などなど。
色々な話をした。
ミンジェーはとっても明るくって可愛い女の子。3歳になると、モンゴルでは一回坊主にする習慣がある。
つい先週坊主にしたミンジェー。
可愛いでしょ??まつ毛が濃くてふさふさです。
 
オドノー先生は、私向けにわかるように、根気強く話をしてくれる。
私がやりたいことと彼女が目指すべきものがすごく近いから、話をしていて楽しい。
 
私は普段はお酒も飲めず(寮ではお酒が禁止!)、オドノー先生は妊婦さんなので「辛いものは食べてはいけない!」と旦那さんに言われて大好きな「肉キムチ炒め」がなかなかだべられないそうな。今日は旦那さんは仕事でお泊りなので、二人で肉キムチ炒めを食べながら少しワインを飲みながら楽しくお話。
 
泊まっていけばいいのに!とありがたいお誘いをいただきましたが、明日の授業の事も考えシャワーを浴びたら帰宅することに。
 
体や頭を洗うと、猛烈に幸せを感じる私はやっぱり日本人だなあ。
とってもデトックスされた一日でした。
 

母のきもち 4月30日(火)

寮の廊下。笑い声が絶えない。
前にも書いたが、私の部屋には訪問者が多い。
正直なところ 一度ちょっと面倒になったのだが、今は来てくれるとうれしいし、来ないで外で騒いでいると寂しくなって一緒に遊びたくなってしまう。
今も「外で遊ぼうよ!」と誘いに来てくれたが今日は風邪をひいているので断ってしまった自分に後悔。遊びたかったなあ。
 
そうやって一緒に遊びたくて来てくれるこもいるが、実はそうでない子も多い。
ただただ、様子を見に来るのだ。
 
一日に何回も「調子はどう?変化はあった?」と聞きに来る高校生。
ドアをあけて、私が笑うとほっとして笑って帰っていく小学生。
夜になると、やっぱりちょっと寂しくなるのだろうか。





 

夕ごはん。ポテトと肉を重ねてある。
お母さんて、こんな感じなのかな、と思う。
別に何か用が無くても、何となく様子が知りたくなってそばにくる。
私もきっとそうだったんだろう。
時々うざったがられたり、時々「も~~うるさいなあ!」と言ってみたりしながらも
次の日にはケロッとしてまた「おか~さ~ん!」と呼ぶ。
お母さんもきっと、「めんどくさいなあ。」とか思いつつも、面白がってくれてたんだろうな。
 
今日は寮の全員遊びだったらしい。もう一回誘いに来てくれたので、少しだけ顔を出した。Sケンをしたり、伝言ゲームをしたり。外の天気がいい時に、時々こういう遊びをしているそうだ。すっかり大人になっている子は、小学生とも楽しく遊んであげられるのだけれども、中学生の男の子はからかわずにはいられないようだ。急に大きな声を出したり、わざとらしく笑ってみたり・・・。
おしゃれや、ちょっと悪いことに興味をもっている子達が、小学生と遊ぶことに抵抗があったり、からかいたくなったりする気持ちも分からなくはない。
彼らが本気で遊べるようなもの・・・でも、小さい子も参加出来るような内容で・・・。
そう考えると、寮の運営というのもなかなか難しく、面白そう。
夕暮れ。向こうの草原が海に見える。
 
最近、夜になると中高生が悪騒ぎをしているのが聞こえる。あと少しの間ながら、どう関わっていこうか、考えどころ。

初めて 4月28日(日)

昨日ブログをアップして気づいたこと。田舎に来てから日記形式で書きためたものをアップしているので、文体や言葉が少し難しくなってしまっている。・・・でも、読んでくれているみんなは日々成長しているので、理解してくれている・・・かな??
難しかったら教えてね。気を付けるようにします。
★☆・。*。⋆・☆★★☆・。*。⋆・☆★★☆・。*。⋆・☆★
 
 
今日は初めてチョイルからシュエーゴビまで、列車で帰ってきた。
夜9:20分チョイル着・・・の予定。
多分ギリギリでも間に合っちゃうんだろうな、と思いつつ、窓口が開く時間である夜8時半には駅に着き、待つ。
受付のお姉さんはヒールをカツカツ鳴らしながら、10分遅れでやってきた。
なかなか窓口のガラス戸は開かない。
待っている間、言うべき言葉を思い浮かべる。頭の中で反芻(はんすう)する。
 

「今日、シュエーゴビまで、ハトー(固い、という意味。一番安い席)を一枚。あと、来週末にウランバートルにいくチケットの、ハガス(半分、という意味。一つ上の、指定席。値段はハトーの倍。)一枚。」
列車のチケット。
 
列に並んでいるだけで、ドキドキする。
こういう時にいつも思う。私は臆病(おくびょう)だ。
「もう9カ月も住んでいるのに!」と笑われるかもしれないが、実際にドキドキしてしまうのだから仕方ない。緊張することを理性でやめられたらどんなに楽だろうか。
 
ようやく窓口が開き、一人目が終わる。私の番、練習の成果を発揮しよう。
「(にこやかに)しゅえーごび・・・」
「あぁ?!」←(聞き取れない時によくある返事。)
・・・言葉が出なくなる。周りの人からの視線を感じて、かーーーっと体温が上昇していくのを感じる。
しかし何も言わないと状況は悪化するだけだ。
「だから・・・今日今から、シュエーゴビ!ハトー!!一枚!!」
ああ、と言ってチケットを作ってくれる。
「こいつ、何言ってんだろ。面倒だな」「モンゴル語、下手だな」
って笑われてるんじゃないかと不安になる。
 
首都へのチケットは今は無い、買えないからまた昼にいらっしゃい、と言われてしまった。
「え?!なんで無いの?昼っていつの昼?!」・・・と聞き返せなかった。
うまく笑顔をつくれず、思わず顔がひきつる。
 
海外の旅行の時は、きっとアドレナリンが出ているのだろう。もしかしたら、「私旅行者だもん、喋れなくて当然!」という変な自信すらあるし、あと3日しかない!など短期で満喫したい欲が強いから、ちょっとやそっとじゃめげないのかもしれない。
生活していると、以外と引っ込み思案らしい。
ちょっと冷たい返答や目線を浴びるだけで、心がしょぼしょぼして、カチコチになって、折れそうになる。
 
日本で住んでいる他国から来た方々もきっとこんな思いなのだろう。私は嫌な思いをさせなかっただろうか。道ですれ違った人、話しかけられた人。今会いに行って「あの時は本当にごめん!」と謝りたいくらいだ。
 
横に見えている建物が学校。
 
モンゴルの列車は、他国のそれと同じように、駅名のアナウンスが無い。ホームが小さく、安い席の車両が止まるのは、何もない砂の上だ。
・・・となれば当然「ハトーはこのへんですよ」なんて看板も無い。
また、ハトーという安い座席に指定席を無視して乗ってるものだから、人が喋ったり寝たりしている隙間を自分で見つけて座るしかない。
さらに駅に泊まった時に自分で降りなければ、当たり前だが次の名もなき駅にたどり着く羽目になる。
実は一回インドで失敗した経験があり(その時は走っている列車から飛び降りた)必要以上に警戒してしまう。
 
チョイルからシュエーゴビまで32キロ、列車で30分の道のり。
シュエーの駅から村までは少し距離があるので、乗合いのミクロに乗り込む。着いたのは10時半。
やれやれ、通勤も一苦労だ。